アメリカ合衆国の首都は、ワシントンと言われていますが、正確には「ワシントンDC」です。

意外に見落とされがちな「ワシントンDC」ですが、この名称について書いてみました。

DCは何の略?

アメリカ合衆国の首都は、どこでしょう?

「ニューヨーク」って答える人が一定数いそうな気がしますが、違います。

答えは「ワシントンDC」です。

報道だと「ワシントン」と伝えられることが多く、DCが忘れられがちです。

このDCというのは、「District of Columbia(コロンビア特別地区)」の略です。

つまり、ワシントンDCを直訳すると、「ワシントン・コロンビア特別地区(もしくはコロンビア特別地区ワシントン) 」となります。

ニューヨークの位置づけは?

ワシントンが首都(政治の中心地)なら、ニューヨークは経済の中心地(第二の都市)という位置づけです。

日本だと東京一極集中が進んでいるので、政治・経済の中心地は共に東京なので、現在の日本の都市と比較するのは難しいかもしれません。

江戸時代における江戸(現:東京、政治の中心地・「将軍のお膝元」)と大坂(現:大阪、経済の中心地・「天下の台所」)の関係の方が近いように思えます。

コロンブスとワシントンに由来?

「ワシントンDC」は、アメリカ大陸を発見した:クリストファー・コロンブスと、合衆国初代大統領:ジョージ・ワシントンを称えてつけられたものです。

アメリカ合衆国の都市は、州に属していますが、 ワシントンDC は首都としてどの州にも属しておらず、 連邦議会の直轄地となっています

(※1982年に住民投票で「ニュー・コロンビア州」設立が決議されたこともありましたが、連邦議会が承認しなかったことがあります)

アメリカ大陸を発見したのはコロンブスではない?

コロンブスは大航海時代の探検家で、1492年にアメリカ大陸を発見したとされています。

しかし、これは正確にはアメリカ海域に到達し、西インド諸島、バハマ島にあるサン・サルバドル島を発見したにすぎません。

コロンブスは、アメリカ大陸を死ぬまでインドだと勘違いしていたようで(新大陸とは思っていなかった)、先住民の人をインディアンと呼ぶのも、この勘違いから来ています。

ちなみにアメリカ大陸が新大陸だと気づいたのは、アメリゴ・ヴェスプッチ(イタリアの探検家)で、彼は南米大陸の発見者と言われています。

アメリカという名前も、アメリゴ・ヴェスプッチの「アメリゴ」に由来しています。

ジョージ・ワシントンと歴代大統領について

ジョージ・ワシントンがアメリカ合衆国初代大統領になったのが、1789年です。

この時のアメリカ合衆国は東海岸の13州のみで、領土が拡大してくのはまだ先のことです。

ジョージ・ワシントンは1797年目でまの約8年間(2期)大統領を務めています。

アメリカの大統領は3選禁止なので、最大2期8年間ということになります。

ちなみに主なアメリカ大統領が何代目かというと、エイブラハム・リンカーン(16代・南北戦争)、セオドア・ルーズベルト(26代・日露戦争時)、フランクリン・ルーズベルト(32代・第二次大戦中のため唯一の四選大統領)、ジョン・F・ケネディ(35代・暗殺されたことで有名)、ジョージ・ブッシュ(父・41代)、ジョージ・ブッシュ(息子・43代)となっています。

現職(2020年7月時点)のドナルド・トランプ大統領は、45代目にあたります。

ちなみに日本の安倍晋三首相は、第98代内閣総理大臣です。

日本の総理大臣が変わりすぎなのもありますが、アメリカ大統領は弾劾されない限り4年間は交代しません。

再選されると8年間は務められます。(※アメリカの大統領制より、日本の議院内閣制は方が新しいです)

名称が決まった背景は?

合衆国首都の設計をしたのが、独立戦争の時にジョージ・ワシントンの部下だったピエール・シャルル・ランファン少佐という人物でした。

ランファン少佐は、いわゆる芸術エリートで、評判も良かったことからジョージ・ワシントンから都市計画を任されます。

その場所が、ポトマック河畔の土地で、放射路と直交路を組み合わせた都市を計画し、ホワイトハウスと連邦議事堂などを配したいまの形の原型をつくり、名前を「コロンビア特別(DC)」と決定しました。

実は当時は「DC」だけが首都名でした。

その後しばらくの間、「ワシントン市」という法人各を与えられたこともあり、二つの名前を組み合わせた「ワシントンDC」という呼称が定着していったそうです。


ピエール・シャルル・ランファン少佐 について

ランファン少佐は、1754年にフランス・パリで生まれ、若くして軍に入隊し、後にジョージ・ワシントンに仕えました。

独立戦争での功績が認められ、建築家として名声を得ますが、度々現場監督と衝突があったため、都市計画は彼の存命中には実現していません。

後にジョージ・ワシントンは ランファン少佐を都市計画からはずしており、晩年は表舞台から姿を消しています。

死後にナショナル・モール(ワシントンDCにある国立公園)などの建設計画が採用されるなど、名誉が回復され、1911年には彼の墓に記念碑が建立されています。

以上、ここまでお付き合いありがとうございました。