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引用元:FOTOSERCH

現在でも世界でも王政が敷かれている国はありますが、そのほどんどが国家元首として国の象徴という立場になっています。

日本では天皇制ですね。

皇帝制をとっている国は現在はありません。

今回は、天皇、皇帝、王についてまとめてみました。

天皇について

現在の天皇は日本国憲法に規定された 日本国および日本国民統合の象徴たる地位。


現在の天皇は、統治者として権限はありません。

天皇は「(天王)てんおう」という言葉が変化して、誕生した言葉のようですが、古代日本(7世紀ころ)では大王(おおきみ)と呼ばれ、直接統治を行っていました。

その後、天武天皇の時代から中央集権体制の君主として「天皇」が用いられるようになりました。

時代劇などでは、天皇のことを帝(みかど)、主上(しゅじょう)とも呼びますよね。

しかし、平安時代以降、藤原氏の摂関政治、武士の台頭により、次第に政治の実権を失っていきました。

その為、天皇家(朝廷)は時の権力者に高い官職を与えることで、権威を保ってきました。

天皇家のは直属の軍隊を持たなかったことが、世界の皇帝、王との大きな違いかもしれません。

明治時代の大日本帝国憲法では、「天皇は国家元首であり、神聖不可侵かつ統帥権を持つ」と規定されています。

第二次世界大戦敗戦後には、天皇は国民の象徴として、統帥権を失い、現在に至っています。

皇帝について

引用元:ウキペディア(モンゴル帝国)

皇帝とは、帝国(皇帝制の国の呼び方)の君主で、「王の中の王」とされており、各国によって解釈の違いはありますが、「唯一神」、「宇宙で唯一の王者」、「全人類の王者」とも言われています。

「皇」という字は、 「自」(はじめ)と「王」の合字であり、伝説的な人類最初の王を意味しているされ、古くはローマ帝国(後に西ローマ帝国、東ローマ帝国に分裂)や秦の始皇帝などがいます。

中国では、秦の始皇帝以来、宣統帝(清朝:最後の皇帝、溥儀)まで皇帝制が続きました。(現在皇帝制は廃止されています)

ヨーロッパでは、ローマ帝国の滅亡後には、皇帝を僭称する国はありましたが、次第に王が統治する国が増えてきます。

フランス革命後に、王政を倒した民衆達は、一時的に共和制に移行しますが、その中で力を持ったナポレオンは自らが皇帝に即位し、フランスは皇帝制になります。

しかし、ナポレオンが敗退すると、フランスは再び王政に戻ります。

その後、フランスは共和制に移行し、第二次大戦を迎えます。

皇帝は直属の軍隊を持ち、特に中国だと、時の皇帝に力がない時には、配下の実力者が帝位を奪い、新しい王朝を立てるということもザラでした。

皇帝が地方を統治するために、王を任命するというやり方をしていた時代もあったようです。

王について

王(おう)は、おおむね国の君主(国王)を指し、その君主号。また、特定の領土を持たずとも、ある部族や種族の長たる者を王と呼ぶ。主に東アジア地域において用いられた爵位(皇帝などから任命された称号)の一つ。

王が君主として君臨していたのは、主に中世ヨーロッパが多く、イギリスなどは現在までも王室が残っています。

中世ヨーロッパでは「絶対王政」と呼ばれるほど、王の力が強かった時代もありましたが、それが後に民衆の反発を招き、フランス革命にも繋がっていきました。

現在も王室が残る国はありますが、大統領や首相などの行政府の長は別にあり、統治とは離れています。

イギリスも王室がありますが、首相が別にいますよね。

その辺りは日本と似ている気がします。

天皇家は権力者に頼るほかなかった

引用元:朝日新聞

天皇、皇帝、王と国家元首で統治者であったことはあまり差はないのですが、皇帝や王と違い、天皇は直属の軍隊を持たず、官職(関白など)と官位(正一位など)を与えることで、時の権力者に頼らざるを得なかった歴史があります。

命令を聞かない豪族や大名がいたら、天皇が直接討伐すればいいものを、直属の軍隊がないので、例えば、戦国時代末期に豊臣秀吉に関白職を与え、「天皇陛下の名のもとに関白:豊臣秀吉が討伐する」と言った具合です。

秀吉がそれを大義名分にして天下統一を果たしたというのが一般的な見方かもしれません。

不思議なことに時の権力者が、自ら天皇の位を簒奪したということは、現在までありません。

あえて言えば、平安時代に関東で平将門が「新皇」と名乗ったことでしょうか。(平将門の乱)

天皇、皇帝、王、偉いのは誰?

つまり簡単に等式で表現すると

皇帝=天皇>王 

もしくは 皇帝≧天皇>王 、皇帝>天皇=王 という認識も

でしょうか?これは国と時代での認識によって違うということですね。例えば、中国では秦の始皇帝は 紀元前の戦国時代に各地域の君主がみんな「王」を名乗ったので、それらを統一した秦の始皇帝が王よりえらい名称 として名乗りました。

隋の時代は 日本の君主は「天皇=皇帝と同格の君主」 として対応しています。

当初、隋にはその認識はなかったようです。

それまでは、天皇(日本の王)が中国の皇帝に朝貢をしていた時期がありました。(倭の五王、5世紀ころ)

その認識を変えようとした聖徳太子(厩戸皇子)が、 隋 の皇帝:煬帝に国書を送り対等な関係を構築しようとしますが、国書の内容を見た煬帝は激怒。

しかし、当時の中国側の情勢もあり、考えを改めた煬帝は日本に返礼の使者を送り、国交を結んでいます。

隋は約30年で滅びますが、その後を受けた唐は、約300年に渡り栄え、遣隋使・遣唐使なども派遣されています。

ヨーロッパでも王様は一つの民族をまとめる君主。皇帝は複数の民族を収める君主との認識なので皇帝>王 の認識です。

しかし、 フランスの君主でありながら皇帝を名乗ったナポレオン などもいます。

ですので絶対的な等式はないものの敢えて言うなら、という観点で

皇帝=天皇>王

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以上、ここまでお付き合いありがとうございました。

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